以前書いたブログの続きです。

 

「自分はすごいと思えない」

そういうお言葉をいただいたので、

このお話をご覧ください。

 

これは友人の話です。

先日飲みに行った時、

この話を突然されました。。

 

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「俺の母さんは、生まれつき両腕が不自由やってん。

 

日常生活に少し支障が出るくらい。

動くけど、思い通りにはできんこともあったみたい。

 

やから、朝ごはんや晩ご飯は父が作ってたわ。

 

そら大変やもんな、

毎日料理するだけでもすごいのに、

そんなハンディキャップを持ってたんやから。

 

遠足や社会見学とか学校行事で弁当がいる時は、

 

母ががんばって作ってくれてたわ。

朝はよに起きて。

 

 

今思うと、ほんまありがとうやで。

 

でも、小5か小6くらいの時の遠足で、

「弁当はコンビニで買うから、この弁当はいらん!!」

って、母親に言ってもうてん。

 

手が不自由やから、やっぱ形が整ってへんかったり、

いびつなのとかがあんねんよ。

それが、思春期の走りの時は、友達に見られてるんが、

恥ずかしかってん。

 

やから、せっかく作ってくれた弁当を

そん時は持って行かんかったわ。

 

母は、うまく作れんくてごめんなとしか言わんかった。

 

今考えたら、俺がごめんやわ・・・

 

で、高校になった時、給食があらへんから、

いっつも食堂で定食とかパンとか食ってたんよ。

 

 

ほんなら、高校1年の冬くらいに、

突然母が弁当を作ると言い出してん。

 

 

弁当作るん大変やから、

ほんまええで、その気持ちだけで十分って、

心の底から思ってたから、

そない言ってん。

 

その時はあのガキの頃のあの一言が

めっちゃ後悔してたし、

ほんまそう思ってたし。

 

でも、母は作るって言ってたから、

じゃ、お願いしようかなって。

 

 

で、作ってもらってんけど、

あの遠足の時とは全然ちゃうねん!!

見た目もキレイやし、美味いし!

 

 

こら毎日アホほど混んでる食堂行かんでもええし、

めっちゃありがたいって思っててん。

 

と同時に、不自由な手で俺のために

弁当を作ってくれて、ほんまありがとう、

大人になったら絶対親孝行しようって思ったわ。

 

 

 

でもな・・・

半年後、突然倒れてん。

くも膜下出血やったわ。

 

 

尋常じゃないほど頭を痛がるから、

すぐに病院に連れて行ってんけどな。

 

 

 

 

 

あかんかったわ。

 

 

入院して数日後に逝ってもうた。

 

半年、いやずっと、俺のためにありがとう、

で、お疲れ様って今やったら思えるかな。

 

 

葬式の後、父から聞いてんけど、

母親、実は俺に弁当を作りたいって思って、

友達がやっている料理屋さんで

3年も丁稚奉公して、料理を教えてもらってたみたい。

 

 

 

母親のその根性、ほんま尊敬するわ・・・

 

 

父親にその料理屋の場所を聞いて、

母が亡くなったことと、

母に料理を教えてくれてありがとうって

言いにいってん。

 

 

料理屋の人は母親と同い年くらいの、

優しそうな人やわ。

 

で、その人と話をしてんけど、

「お母さん、すごかったよ!

体が不自由なのに、すごく頑張って、

ずっと料理の練習してた。

ほんますごいねってお母さんに言ったら、

 

“何もすごない!

息子に食べさせたいだけやから!

母親としてそんなん当たり前やん!

それに、手が自由に動くあんたがすごいわ!”

 

このたった一つの為だけに、

ほんま頑張ってくれてたよ。」

やって。。

ほんま、母親には感謝やわ。」

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人からすごいと思うこと、

それがどれだけ大変であっても、

本人からしたら当たり前なことって、

あるのですね。

 

あなたの当たり前が

他人はすごいと感じることが

たくさんあります。

 

 

友達のお母様もすごいですし、

毎日料理をしてくれたお父様も

本当にすごいと思います。

 

 

あなたの当然や当たり前って何ですか?

 

すごいってそういうところに

あるのかもしれませんね。

 

これがわかっていただけたら、

これも必ずお役に立てると確信しています。

 

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